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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>M.HASUI</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/" /><modified>2010-03-15T20:24:29+09:00</modified><tagline>Photographer</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>ぼけっと二時間</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1027631" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1027631</id><issued>2010-03-15T20:22:39+09:00</issued><modified>2010-03-15T11:24:29Z</modified><created>2010-03-15T11:22:39Z</created><summary>

先日新宿のDIGに久しぶりに行った事はこのブログにも書いたが、学生の頃、いや正確に言うならば高校生の頃から二十代前半までだが僕はよくジャズ喫茶に行っていた。いや入り浸っていた。今はもうあまり無いジャズ喫茶。その響きにノスタルジーさえ感じるが、いま思え...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/L1000658.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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先日新宿のDIGに久しぶりに行った事はこのブログにも書いたが、学生の頃、いや正確に言うならば高校生の頃から二十代前半までだが僕はよくジャズ喫茶に行っていた。いや入り浸っていた。今はもうあまり無いジャズ喫茶。その響きにノスタルジーさえ感じるが、いま思えばいいものだった。渋谷ならジニアスや音楽館。代々木のナル、新宿のディグ、ダグ、木馬。それらが行きつけだった。大概暗い入り口をくぐると大きなアルテックの銀箱やJBLから大音量で聞こえる音に、人々は目を閉じてじっと瞑想するかの様な表情で聞いている。僕もコーヒーと声を出さず口の動きで注文すると、まず二時間は座って聞いていたものだ。<br />
いま僕にはそういう時間が懐かしい。そして切実に欲しい。毎日忙しく仕事をしてメールをチェックして、携帯をとり、家に帰ってもまたコンピューターを開く。仕事は楽しいからストレスにはならないが、何が問題かと言えば、ぼけっと考えるという時間がない事に気が付く。ジャズ喫茶での二時間はジャズを聴くだけではなく、ぼけっと何かを考える時間だった。決して大げさではなく、人生とは、仕事とは、とけっして結論の出ない事を黙々と考えていた。そんな時間が今は懐かしいのである。コンピューターで情報を収集し、即レス（というらしい）のメディアに一喜一憂する。そして友人や仕事仲間が今何処でどうしているかを気にしながら、少しでも連絡が無いと不安になったりする。現代のこのスピード感はなかなかぼけっとする事を許してはくれない。<br />
今月後半はすこし仕事が切れる。思い切って、携帯切って、カメラだけ持ってジャズ喫茶でぼけっと次の作品のプランでもでも考えてみようかな。海辺の太陽、ライカズミルクス50ミリ、F11。]]></content></entry><entry><title>ご来場ありがとうございました。</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1028234" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1028234</id><issued>2010-03-14T21:46:10+09:00</issued><modified>2010-03-14T12:46:12Z</modified><created>2010-03-14T12:46:10Z</created><summary>

フォーシーズンズホテルでの展覧会が今日で終了いたしました。わざわざおいで下さった皆様、本当にありがとうございました。今日は最終日という事で、簡単なギャラリートークをキュレーターの太田菜穂子さんと開きました。なかなか作品について語るのは難しいもので、...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/L1000826.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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フォーシーズンズホテルでの展覧会が今日で終了いたしました。わざわざおいで下さった皆様、本当にありがとうございました。今日は最終日という事で、簡単なギャラリートークをキュレーターの太田菜穂子さんと開きました。なかなか作品について語るのは難しいもので、僕の場合とくに観念論になってしまうので、太田さんもちょっとやりにくそうでしたが、そこをうまく要約して下さり助かりました。写真を撮るという行為を僕の何がさせているのか、自分にははっきりとわかっているのですが、説明するといつもなんか違う方向に行ってしまいます。でもそこをうまく伝えられなくてはいけないと思っています。頑張ります。<br />
さて次はいよいよ新作である「詠む写真」の展覧会を企画しようと思っています。出来ればこの秋にはどこかで開催するつもりです。また夏にはアルルにも行くので、その作品もまとめなくてはなりません。<br />
前からお約束している暗室ワークショップの開催、写真展の企画、また試作しているゼラチンシルバーブックマークの制作（なかなかいいものになりました。改めてご案内いたします）、あたらしいギャラリーサイト「光の画廊」の始動とやらなくてはならない事がいっぱいです。これからもよろしくお願いいたします。<br />
椿山荘の森と三重塔。ライカズミルクス50ミリ、f11。]]></content></entry><entry><title>今日という一日</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1027892" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1027892</id><issued>2010-03-13T23:24:00+09:00</issued><modified>2010-03-13T15:27:44Z</modified><created>2010-03-13T14:24:00Z</created><summary>

朝起きてすぐに今進行している作品撮りの画像を開き、レタッチに取りかかる。少しすると娘が起きて来た。僕の部屋のベッドに座ってi-phoneでしばらくゲームをしていたが、wiiをしようと誘われて下のリビングでwiiをする。そしてことごとく負ける。午後、ビックカメラ...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>トピック</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/SDIM0654.jpg" width="420" height="630" alt="" class="pict" /><br />
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朝起きてすぐに今進行している作品撮りの画像を開き、レタッチに取りかかる。少しすると娘が起きて来た。僕の部屋のベッドに座ってi-phoneでしばらくゲームをしていたが、wiiをしようと誘われて下のリビングでwiiをする。そしてことごとく負ける。午後、ビックカメラに行って買い物、その後僕は藤沢から東海道線で都内に向かう。クレーのキュレーターである太田さんからコンサートのお誘いをいただき、会場の紀尾井町会館へ向かうが、かなり時間があったので新宿に立ち寄る事にした。新宿は人ごみで賑わっていた。いつも出る西口（ヨドバシがある）ではなく、昔慣れ親しんだ東口に出る。高野の前をわたり、紀伊国屋の一階にある喫煙具店に。二十代の頃先生の影響でカッコつけてやっていたパイプが懐かしく、見に行きたくなったのである。その店は当時とあまり変わらずそこにあった。以前持っていたのと同じデンマーク製の黒いパイプとクランという甘い香りの葉を購入した。アドホックを抜けるとそこにはDIGというジャズ喫茶がある。昼間はカフェタイムなので先週買ったアラキさんの随筆集を持って店内に降りると、ビバップのジャズに美味しいコーヒーの香りだ。忘れていた空気。約一時間コーヒーを飲みながら懐かしいクランの香りを楽しんで店を出た。二十年ぶりのパイプタバコの味はその香りのように甘かった。そういえばこういう時間の過ごし方をすっかり忘れていた。<br />
夕方四谷駅から上智大学横の遊歩道を歩いてホールへ。夕日が美しい。コンサートは塩谷哲と上妻宏光のデュオ。ピアノに三味線という組み合わせ、思ったほど違和感を感じなかった。８時過ぎ、帰りは東京駅から伊東行きに乗り藤沢で遅めの夕食をとってから、３０分夜の川沿いを歩いて帰宅。なんだか昔に戻った様な不思議な一日だった。シグマDP2、f2.8。]]></content></entry><entry><title>写真体験</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1027607" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1027607</id><issued>2010-03-12T22:57:02+09:00</issued><modified>2010-03-12T14:09:57Z</modified><created>2010-03-12T13:57:02Z</created><summary>

後二日でフォーシーズンズホテルでの写真展が終了する。あっという間の一ヶ月間だった。ホテルという普通は写真展など開催しない環境での開催にいささか不安もあったのだが、寧ろ普段はあまり写真に触れない方々に、オリジナルプリントで写真を見ていただく事が出来て...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/L1000208.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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後二日でフォーシーズンズホテルでの写真展が終了する。あっという間の一ヶ月間だった。ホテルという普通は写真展など開催しない環境での開催にいささか不安もあったのだが、寧ろ普段はあまり写真に触れない方々に、オリジナルプリントで写真を見ていただく事が出来て意義のある開催だったと思う。先日もお知らせした通り、印画紙やフィルムがどんどん無くなっていくこれから、ますますオリジナルのアナログ写真を見る機会は減っていく事だろう。だからこそ、展示の機会があれば積極的に上質のプリントを展示して、多くの人に見ていただきたいと思う。明日は朝から娘の友達がやってくるので、暗室プリントの見学会を自宅で開く。こういう事をすると、子供は目を丸くして喜ぶ。まるで手品を見る時の様な驚きぶりである。自分がいいと感じてシャッターを押せば、それが映像として記録される。カメラという不思議な機械の魔法だが、その先にももう一つ魔法が待っていたと。実は僕自身がいまだにその不思議な感覚の呪縛から逃れられずにいる。毎日写真のことを思い、考え、悩み、喜ぶのも子供の頃に父親の影響で体験した写真があったからだろう。この夏にはフォーシーズンズホテルと、区やメーカーのご協力で子供写真体験会が開けそうである。今からそのプログラムを考えているところだ。ホテルに暗室を仮説してみようかとか、プラチナプリントを子供たちと太陽の光で作ってみようかなどと。ライカズミクロン50ミリ、f８。]]></content></entry><entry><title>ツイッターというメディア</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1027125" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1027125</id><issued>2010-03-11T22:29:54+09:00</issued><modified>2010-03-11T13:31:08Z</modified><created>2010-03-11T13:29:54Z</created><summary>

スタジオでのライティングの合間にあたりを見ると、何人かのスタッフが、しきりに携帯をチェックしている。何をしているのかと問えば、「ツイッターですよ」という答えが帰ってくる。僕もあれ以来少しずつ続けているが、周りの人はほとんどやっていると言っていいほど...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>広告</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/SDIM0483.jpg" width="420" height="630" alt="" class="pict" /><br />
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スタジオでのライティングの合間にあたりを見ると、何人かのスタッフが、しきりに携帯をチェックしている。何をしているのかと問えば、「ツイッターですよ」という答えが帰ってくる。僕もあれ以来少しずつ続けているが、周りの人はほとんどやっていると言っていいほどの流行ぶりである。これって結構中毒になるようで、ちょくちょく携帯を覗く事になる。インターネットという、具体的には何処にあるのか判らないコミュニケーション網を凄い数の「つぶやき」という言葉が飛び交っているのである。その「つぶたき」というものは本来他者の反応や返信を待つ類いではないはずなのだが、今はまるでメールのようにそこには会話が飛び交っているのである。この新種のメディアは急速にその姿を見せつつある。オンタイムで作家はツイッター小説を連載しなじめ、写真家は写真をそこに掲載し始め、小売業の生産者は生産情報を宣伝し始める。そんなメディアが今まであっただろうか。オンタイムの情報、なう、という言葉で表現される「今、その時」という情報の連続は、今までの僕たちのメディアにはあまり無かったのではないだろうか。そこに誰しもが新しさや新鮮さ、可能性を感じているのではないだろうか。ぼくたちがつくっている広告やCMがなんだか急速に時代に取り残されていく様な感覚に襲われる時がある。]]></content></entry><entry><title>カラー印画紙の製造中止</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1026828" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1026828</id><issued>2010-03-10T12:08:17+09:00</issued><modified>2010-03-10T04:22:18Z</modified><created>2010-03-10T03:08:17Z</created><summary>

このところ印画紙やフィルムの大手メーカーによる製造中止の連絡が相次いでいるが、今日ついにコダック社がすべてのカラー印画紙の製造を今年夏に終了すると言う連絡があった。そうなればカラー印画紙に関してはフジ製のものに頼るしかない。それもこのペースで行けば...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/20100309-SDIM0649.jpg" width="420" height="630" alt="" class="pict" /><br />
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このところ印画紙やフィルムの大手メーカーによる製造中止の連絡が相次いでいるが、今日ついにコダック社がすべてのカラー印画紙の製造を今年夏に終了すると言う連絡があった。そうなればカラー印画紙に関してはフジ製のものに頼るしかない。それもこのペースで行けばいつまで続くか不安である。いよいよカラー写真に関してはインクジェットプリントに頼る事になる。デジタルカメラによるデジタルプリントの作品作りにそう抵抗はないが、やはりアナログの表現には未練たっぷり、後ろ髪を引かれる思いである。<br />
暗室に鎮座する全紙サイズ対応のプリントマシンや全長が３メートルもある8x10対応の伸ばし機もただの鉄くずとなってしまうのだろうか。これからは、より写真的なアプローチを模索してゆかなくてはならない。屋上の植物２、シグマDP2、f４。]]></content></entry><entry><title>潜在意識の鏡</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1026669" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1026669</id><issued>2010-03-09T21:52:01+09:00</issued><modified>2010-03-09T15:08:36Z</modified><created>2010-03-09T12:52:01Z</created><summary>

今日はフライデーという昔からお世話になっているモデルエージェンシーのとあるモデルさんをお借りして、テスト撮影をした。モデルのMさんは奈良県から半年前に上京して、このエージェンシーに所属したそうだ。
スポーツ万能で身長はなんと175センチ。一見大人しそう...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/20100309-SDIM0650.jpg" width="420" height="630" alt="" class="pict" /><br />
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今日はフライデーという昔からお世話になっているモデルエージェンシーのとあるモデルさんをお借りして、テスト撮影をした。モデルのMさんは奈良県から半年前に上京して、このエージェンシーに所属したそうだ。<br />
スポーツ万能で身長はなんと175センチ。一見大人しそうだが、でも話始めるとまるで軽くジョギングでもするかのように、軽やかに楽しそうに話す。盛り上がったのは細胞の話。少し前にこのブログにも書いた「細胞感情論」、この話に興味を持ってくれていた。<br />
このテスト撮影は今年になって始めた作品作りの一つで、二人のまったくタイプの違う女性を一年間かけて撮影し、二冊の作品集をつくる。ポートレートでもなくファッションでもなく、どちらかというとドキュメントに近いのかもしれない。その二人がこのMさんと別のエージェンシーで女優を目指している、やはりMさんである。<br />
ぼくは様々な意味で女性に興味がある。いや女性が好きなのだと思う。男として生まれたぼくには、どうしても踏み込む事の出来ないミステリアスな心の部分もそうであるし、ストレートに異性としての魅力もある。それをこの年齢にしてもう一度、正直に写真にしてみようと思ったのである。そういう思いで既にもう一人のMさんを何度か撮影している。その作品を仕上げていて、気が付く事。それは女性を撮っていながら、実は自分の内部に潜む女性に見立てた自分自身を撮っているのだという事だ。これはセルフポートレートに近いのかもしれない。しかし作品は自分自身が写っているものでもない。言い換えれば潜在意識なのかもしれない。写真とは潜在意識の鏡なのかもしれない。だとすれば、何処まで自分自身を正直にさらけ出せるかということに至るのである。屋上の植物、シグマDP2、f４。]]></content></entry><entry><title>心の音楽と写真</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1026372" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1026372</id><issued>2010-03-08T23:13:00+09:00</issued><modified>2010-03-08T14:19:03Z</modified><created>2010-03-08T14:13:00Z</created><summary>

ジョンコルトレーンの「ballads」、言わずと知れた名盤中の名盤である。確か1962年の録音だったように記憶している。間違いであれば申し訳ない。絶えず自らを責め立てる様な壮絶な音楽に立ち向かっていたコルトレーンのバラードは、その緊張感から解き放たれたように...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/SDIM0478.jpg" width="420" height="630" alt="" class="pict" /><br />
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ジョンコルトレーンの「ballads」、言わずと知れた名盤中の名盤である。確か1962年の録音だったように記憶している。間違いであれば申し訳ない。絶えず自らを責め立てる様な壮絶な音楽に立ち向かっていたコルトレーンのバラードは、その緊張感から解き放たれたようにのびのびと歌い込んでいる。しかしよく聞けば、そこにも彼の極限まで突き詰めた一種孤独とも言えるテンションが響き渡る。<br />
ぼくがまだ高校生のころ、馬込にあった四畳半の狭いアパートでレコードがすり切れるほど聞いたのがこのアルバムだ。いや実際にすり切れて、合計三枚は買っている。<br />
ぼくは今でもたまに夜な夜な一人でじっくりとこのアルバムを聴くのだが、今思えばよく高校生がこんな瞑想の様な音楽を聴いていたと、自分ながらに驚くのである。しかし、当時ジャズにどっぷりと浸って生活していた僕にはこれ以上の最上のアルバムはなかった。<br />
音楽は凄い。このコルトレーンの端正な一音一音を噛み締めるように聞くならば、その狭いアパートでの一人暮らしの部屋の匂いや温度が身体の奥深くからしみ出してくる様な思いにかられる。そして間違いなくいまぼくが撮っている写真にもそれは影響しているはずだ。ファインダーの中に見えるすべてのもののディティールを丁寧になどるように撮影して、丁寧に時間をかけてプリントする。まさに写真も音作りである。シグマDP2、f5.6。]]></content></entry><entry><title>写真的であるという事</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1026025" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1026025</id><issued>2010-03-07T23:06:06+09:00</issued><modified>2010-03-07T14:10:35Z</modified><created>2010-03-07T14:06:06Z</created><summary>

今日、早朝ロケの帰りに時間があったのでヨドバシカメラに立ち寄った。もちろん印画紙の買い出しのためである。ほんの数年前まで新宿の西口本店の暗室用品売り場は本格的で、おそらく無いものはないという品揃えだった。印画紙も国内外の大手のものはほとんど手に入れ...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/L1000651.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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今日、早朝ロケの帰りに時間があったのでヨドバシカメラに立ち寄った。もちろん印画紙の買い出しのためである。ほんの数年前まで新宿の西口本店の暗室用品売り場は本格的で、おそらく無いものはないという品揃えだった。印画紙も国内外の大手のものはほとんど手に入れる事が出来たし、コダックの専門的な薬剤も置いていた。その売り場も今は見る影もなく縮小されて印画紙の棚もどんどん小さくなっている。ヨドバシカメラは聞くところによると社長さんが本格的な写真マニアで、暗室用品に関しては絶対になくさないという方針だそうだ。その為に今でもなんとか印画紙などのストックを保っていられるのだと。それでも仕入れ先のメーカーが製造をやめてしまってはどうしようもない。毎回この売り場を訪ねるたびに寂しい思いに駆られる。<br />
フィルムと印画紙、そして薬品。これがなくてはアナログ写真は成立しない。以前このブログにも書いた、「写真は工芸である。」という意味においては、それもなかなか侭ならぬ世の中になっているという事である。誤解のないように申し上げるなら、写真という芸術は、その映像が人の感情に何をどう感じさせるかという事であるから、その表現がデジタルだろうが、インクジェットであろうが、作家の本意が表れていれば成立するものである。だから写真が工芸になってしまっては、写真ではなくなるという事も言える。だがその表現の力に於いてはフィルムと印画紙はその独特のマテリアルの表現力にまだまだ可能性があると思っている。もちろんこの先どんなに表現の方法や手段が変わっても写真芸術の本質が失われる事はない。ぼくも、いざ感材がまったく手に入らなくなってもその時の表現方法で何かを撮り続けていると思う。しかし今のぼくの本意に素直な表現はアナログによるものだという事である。<br />
しかし最近再びデジタルカメラとインクジェットプリントによる作品作りも始めている。なぜなら写真家が最終的なマテリアルのあり方に支配されるのではなく、まず写真的であるという事に集中していたいという気持ちが強いからである。ライカズミルクス50ミリ、f８。]]></content></entry><entry><title>写真のある生活</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1025266" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1025266</id><issued>2010-03-06T00:20:58+09:00</issued><modified>2010-03-05T15:32:07Z</modified><created>2010-03-05T15:20:58Z</created><summary>

昨夜の雨はあっという間に上がって、今日は朝からぽかぽか陽気だ。六時半に家を出て青梅のロケ地へ向かう。藤沢から青梅までは約８０キロだが、１６号の渋滞を避けるため一度都内に入って永福から中央道にのる。そう混んではいなかったが、ロケ地についたのは９時半を...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/L1000609.jpg" width="600" height="399" alt="" class="pict" /><br />
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昨夜の雨はあっという間に上がって、今日は朝からぽかぽか陽気だ。六時半に家を出て青梅のロケ地へ向かう。藤沢から青梅までは約８０キロだが、１６号の渋滞を避けるため一度都内に入って永福から中央道にのる。そう混んではいなかったが、ロケ地についたのは９時半をまわっていた。青梅は昔の武蔵野の面影が残る良いところだ。河が綺麗で森林も多い。そう言えば若い頃はオートバイでよく走りに来たものだ。当時は信号も少なく走りやすいワインディングが沢山あった。<br />
撮影は天候に恵まれて午前中に終了した。<br />
帰りの道中、クルマから見える風景にバイクでよく来た頃の感覚が蘇って来た。あの頃はまだ写真をやっていなかったから、カメラを持って行く事はなかった。だから頭の中は走る事の気持ち良さだけでいっぱいだった。今はおそらくカメラを持ってゆくだろうから、走る気持ち良さを１００％感じる事は出来ないだろう。そしていつも写真の目で風景を見ながら走っているだろう。かといってもしカメラを置いて行ったとしたら、、、。美しい光を見つけるたびに悔しくて走る事だけに集中する事はもっと出来ないだろう。やっぱり人は後戻りする事は出来ない。写真がある生活は、何にも代え難い。ライカズミルクス50ミリ、f4。<br />
]]></content></entry><entry><title>やるべき事</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1024835" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1024835</id><issued>2010-03-04T03:25:34+09:00</issued><modified>2010-03-04T06:13:23Z</modified><created>2010-03-03T18:25:34Z</created><summary>

この数日間だけ、久しぶりの忙しさだ。いま夜中の三時、撮影が終わって帰って来たものの、あと三時間後には再び東京へ出なくてはならない。でも今日の撮影は面白かった。その前の撮影も悪くなかった。明日のロケハンそしてすぐ本番、その後の撮影のオールスタッフと続...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/SDIM0602.jpg" width="400" height="600" alt="" class="pict" /><br />
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この数日間だけ、久しぶりの忙しさだ。いま夜中の三時、撮影が終わって帰って来たものの、あと三時間後には再び東京へ出なくてはならない。でも今日の撮影は面白かった。その前の撮影も悪くなかった。明日のロケハンそしてすぐ本番、その後の撮影のオールスタッフと続く。頑張ろ。<br />
実はその忙しさの訳は、その合間をぬって作品撮りをしているからだ。新しい感覚での撮影が進んでいる。ちょっとでも時間があれば、しっかりと続けて行きたい。<br />
しっかりといえば、最近スティールの仕事のように自分で工夫しながらやっているムービーの照明。すこし手応えを感じて来た。初めはグラフィックとはまったく違うという印象だったが、やはり光を作る事に変わりはなかった。面白い。ムービーの仕事に関して、照明、撮影、テレシネが自分の中でしっかりと一本に繋がって来た。<br />
昨年とは違う今年の業界、こういう時代だからこそ丁寧にオリジナリティのある作品作りを心がけたい。シグマDP2、f11。]]></content></entry><entry><title>ジム＆パット</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1024126" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1024126</id><issued>2010-03-01T22:22:02+09:00</issued><modified>2010-03-01T13:22:07Z</modified><created>2010-03-01T13:22:02Z</created><summary>

僕の好きな楽器の一つはギターである。昔、サックスを吹いていたから管楽器が好きだと自分では思っていたのに、よく考えればギターがかなり好きなのである。特に好きなギタリストは沢山いるが、今よく聞くのがパットメセニーである。アルバムで好きなものは、名手ジム...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>音楽</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/SDIM0565.jpg" width="420" height="630" alt="" class="pict" /><br />
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僕の好きな楽器の一つはギターである。昔、サックスを吹いていたから管楽器が好きだと自分では思っていたのに、よく考えればギターがかなり好きなのである。特に好きなギタリストは沢山いるが、今よく聞くのがパットメセニーである。アルバムで好きなものは、名手ジムホールと共演したアルバム「ジムホール＆パットメセニー」パットが如何にジムを尊敬しているかが痛いほどわかる名盤である。その心地よい会話はシャレていてなおテンションに満ちている。ジムのふくよかな音色とパットのちょっと金属的なピッキングの音が見事に重なりあっている。パットとジムのハーモニックスが重なったり、どちらかがベースラインを奏でたり、自由に空を飛ぶ二羽の鳥のようである。リビングの油絵、シグマDP2、f5.6。]]></content></entry><entry><title>最も幸せなもの</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1023216" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1023216</id><issued>2010-02-27T21:33:08+09:00</issued><modified>2010-02-27T12:33:13Z</modified><created>2010-02-27T12:33:08Z</created><summary>

リコーのコンパクトカメラGR1が出た翌年だったと思う。電通のアートディレクター野上さんからお電話いただいた。「電通の写真好きが中心になってGR1のサークル、東京ショット会というのを始めるのだけど、講師をしてくれないですか。」という内容だった。それから数年...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/20100225-L1000709.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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リコーのコンパクトカメラGR1が出た翌年だったと思う。電通のアートディレクター野上さんからお電話いただいた。「電通の写真好きが中心になってGR1のサークル、東京ショット会というのを始めるのだけど、講師をしてくれないですか。」という内容だった。それから数年間、ぼくはそのサークルの講師をした。そして２００７年、野上さんはADC賞を受賞して間もなく、病気で亡くなった。あまりにも突然の悲しい出来事だった。<br />
昨日はその野上さんを偲んで二年半ぶりに東京ショット会が開かれた。メンバーは全員「野上さん」をテーマに撮った写真を持ち寄った。メンバーの一人ひとりが写真を見せながら、野上さんへの思いを語る。それぞれの写真はどれも彼の温かな人柄への愛情に満ちていた。<br />
カメラは愛するものに向けられる。家族を愛すれば家族にカメラが向く。恋人にカメラが向く。美しい自然や光にカメラが向く。<br />
カメラは人と人の間にあり、人と自然の間にあり、人と愛の間にある。そして写真はそこに生まれる。だからカメラという道具はこの世界で最も幸せな道具である。<br />
野上さんを偲んで、ライカズミクロン50ミリ、F4。]]></content></entry><entry><title>写真機力</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1022541" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1022541</id><issued>2010-02-26T16:21:19+09:00</issued><modified>2010-02-26T07:21:24Z</modified><created>2010-02-26T07:21:19Z</created><summary>

たまに考える事に「カメラ力」というのがある。写真機力ということである。ぼくはスランプになるとカメラを変える。いつも使っているカメラをちょっと放り投げて、新しいフォーマットのカメラを探し、しばらくはそればかりで何も考えずに写真を撮る。すると今までしょ...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/20100225-L1000737.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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たまに考える事に「カメラ力」というのがある。写真機力ということである。ぼくはスランプになるとカメラを変える。いつも使っているカメラをちょっと放り投げて、新しいフォーマットのカメラを探し、しばらくはそればかりで何も考えずに写真を撮る。すると今までしょんぼりしていた気持ちが少し元気になってゆく。そうしたらまたいつものライカやローライに戻るのである。そのためのカメラはデジタルでもコンパクトでも何でもいい。<br />
写真はカメラで変わるというのは本当だ。そして写真機「カメラ」が強引に掴み撮ってくる何かがその人の写真に何らかの影響力をもつ。<br />
最近の僕はすこし落ち着いている。ライカのM5とデジタルのM9（このブログの写真の半分はこれ）、このところは11X14の大判もちょくちょく登場する。今はこれが最も気持ちのいい機材なのである。「弘法筆を選ばず」というが、弘法太子のように悟りの境地になれれば別だが、僕はまだまだ筆を選ぶ。いや一生、筆であるカメラを選んでいるかもしれない。事務所の扉、ライカズミルクス50ミリ、F11。]]></content></entry><entry><title>言葉</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.mhasui.com/?eid=1022515" /><id>http://blog.mhasui.com/?eid=1022515</id><issued>2010-02-25T18:59:54+09:00</issued><modified>2010-02-25T10:03:06Z</modified><created>2010-02-25T09:59:54Z</created><summary>

早朝から目黒のある場所でポートレートの撮影をした。朝起きると曇り。ちょっと心配しながら現場についた。11x14のカメラとローライをセットアップしていると撮影するG氏が来られた。挨拶を交わした後、カメラを覗くと雲が薄くなり優しい光が降りて来た。朝の水蒸気を...</summary><author><name>M.HASUI</name></author><dc:subject>photograph</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/20100225-L1000711.jpg" width="420" height="631" alt="" class="pict" /><br />
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早朝から目黒のある場所でポートレートの撮影をした。朝起きると曇り。ちょっと心配しながら現場についた。11x14のカメラとローライをセットアップしていると撮影するG氏が来られた。挨拶を交わした後、カメラを覗くと雲が薄くなり優しい光が降りて来た。朝の水蒸気を含んだ湿った、少しヒンヤリした空気が光を一度濾過していた。そのために背景の森は柔らかなビロードのようにしっとりと見える。撮影は楽しく、また静かに流れて一時間ほどで終わった。心地よかった。光は重要。でも空気がどうあるかがもっと重要だ。乾いた空気は乾いた光を作る。柔らかい空気は柔らかな光を作る。僕は柔らかな光が好きだ。<br />
ツイッターというものを始めて４日になる。友人にいろいろ教えていただいてだいぶ事情が判って来た。それにしても凄い数の人が凄いスピードで様々な事を伝えようと書き込んでいる。絶えず「今」をアップデートする新しいコミュニケーションのスタイルだから当然なのだが。それはそれとして、反面気にかかる事もある。それは言葉も光と同じだ。その環境にどんな空気が流れているかでその性格が変わると思う。ツイッターの環境には独特の空気を感じる。ストレートで乾いた空気の感じ。そこにある大量の言葉やつぶやきも同じ感覚に感じる。インターネットから文庫本まで、言葉のフィールドはどんどん広がる訳だが、この素晴らしき僕たちの財産を無駄に浪費しないように慎重にならなくてはならないと、ふと思った次第だ。朝の公園、ライカズミルクス50ミリ、F１１。<br />
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