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2018.10.03 Wednesday

キナバル山

 

先月の19日から21日までの3日をかけて、マレーシアの霊峰キナバル山に登頂してきた。

ジャングルのような森の細い道に一歩を踏み出すと、ねっとりとした湿った空気にぼくの身体は包まれた。道は一旦下るもすぐにかなりの勾配の上り坂になった。天気は曇りだが、空は今にもザーッと降り出しそうな重い雲に覆われている。

今日はここ標高1900メートルの登山口から3300メートルにある山小屋までを一気に登る。

山に入るには必ずガイドをつけなくてはならない。僕に付いてくれたのはボニーという30代の若いガイドで、僕の10キロ以上はある機材の入ったリュックを見るなり、それを担いで登るのかと不安そうな表情をした。すると彼は自分の防寒具などを入れたリュックの上にぼくのそれを重ねて背負った。ぼくは、そこからカメラ機材とフィルムだけを取り出して首と腰に下げた。

機材は、デジタルがライカのSLに24−90のズームに50の単玉。そして、万が一の予備にマキナとフィルムを15本。それなりの重さだが、リュックがないだけかなり身軽になった。

道は進むほど、どんどん急坂になる。登山道には1キロごとに休憩の為のシェルターがあるが、最初の3キロがきつい。まだ体が慣れていない。空気はこの辺りでは薄くはないが、それでも急激な運動量に心臓は息を切らして全力で血液を送り出している。

空の色は次第と暗くなり、周りのジャングルの植生がすこし変わってきた頃についに雨が降り出した。

まあ少しくらいならと思い、そのまま登っていたが、あっという間にぐっしょりと濡れてしまった。

ぼくはボニーに預けたリュックから雨具を取り出して着たのだが、どんどん体温が奪われていく。赤道に近い熱帯の地であっても寒い。

長野のモンベルで買って用意したレインウェアはとっても防水性がよくてよかったのだが、一つ計算違いをした。それはお店の人が進めるままにジャストサイズを購入したのだが、カメラがジャケットの中にしまえない。すぐにカメラ用のビニールカバーを被せたが、ライカとマキナはすでにずぶ濡れである。いいポイントで撮影をするたびにレンズを拭きながらSDカードスロットへの水の侵入が無いかに気を使う。

結論から言えば、デジタルはまずズームのリングの動きが水で渋くなり、本体との接合部の漏電で何度かブラックアウトした。やはり電気系統が水には弱い。一応防塵防滴を謳っているライカSLだが、やはりこの濡れ方ではここまで動いているのが不思議だ。もしこれがソニーだったら、もっと早い段階で頻繁にトラブルに襲われることになったと思う。

そしてマキナはといえば、同じくずぶ濡れの中でも問題なくシャッターが切れる。フィルムの交換時だけ気を使えば、やはり極限ではアナログが心強い。デジタルはカメラのトラブル以上にSDカードの保管にも気を使う。万が一にでもそれが濡れたらば全てのデーターはダメになるかもしれない。

雨の中登り続けること5時間あまり、標高は3000メートルに達した。気温は5度。でもずっと登り続けているから体も乾いて思いの外寒く無い。そして、山小屋まであと標高にして300メートル、距離にして1キロ!それは長い長い道のりだった。もうすこし、もう少し。

ジャングルを抜けて、不思議な高山植物の森の中を通り、小屋にたどり着いた時はもうすっかり陽も暮れようとしていた。

山小屋は快適だ。レストランには暖かくて美味しいご飯が用意されていて、充てがわれたベッドには寝袋もある。すこし空気の薄さに軽い頭痛と吐き気を覚えながらも8時には寝袋に包まった。

翌朝、午前2時に必要最小限の装備を身につけていよいよ山頂に向かう。

山頂は4095メートル、あと800メートル!距離にして2キロだ。まだ真っ暗闇の世界はヘッドライトの光だけが頼りだから、足元を照らしてゆっくりと慎重に足を前に進める。昨日の疲労は意外にもそう残ってはいない。結構なペースで登ることができる。

もうそこには大きな植物はない。足場は悪く、ゴツゴツとした岩ばかりだ。斜面もかなりな急勾配で、張られた一本の太いロープを手繰り寄せながら頂上を目指す。カメラを2台ぶら下げながらのアタックはとてもハードで、なんども足を滑らせそうになる。

いつの間にか東の空が白み始めた。だんだんと自分がどのような所に立っているのかがわかり始めた。

そこはひたすらに岩山で、前方を見上げると、すぐそこには目指す頂上が半分シルエットになってそびえ立っていた。

ぼくはもう何が何だかわからず、とにかくこの一歩を確実に前に押し出すことに集中した。それしかない。

昨日、登山口に行くまでにクルマから見たこの山は予想を超えて大きくそして高かった。

それを見たぼくには、そこに歩いて登ることなど到底無理だという一種の恐怖心に似た気持ちが沸き立っていた。しかし今ぼくはその頂上のすぐ近くまで来ている。人の一歩などせいぜい50センチくらいだが、それを一歩一歩端折らずに積み重ねれば、こん所にも到達することができるのだ。何事にも通じる基本のようなことを改めて感じている自分がいる。

美しいピンク色のグラーデーションの空のしたから今日の太陽が昇って来た。ほんとうに美しい。言葉はいらない。うっかり写真すら撮ることを忘れる。

いやいや、写真を撮るためにここまで頑張って来たのだ。ぼくはなんとか数枚の写真を撮影した。もっと撮りまくるかと思ったが、不思議なことに数枚をフィルムとデーターに収めるのがやっとだった。

4095メートル!普段は飛行機からしか見られない風景。ぼくはそこに歩いて登り、そしていま立っている。周りにはぼくの身体以外の何物も無い。それが信じられなかった。

そうこうしている内に太陽が登り、改めて自分のいる状況の認識がはっきりとした。そう!ここから降りなくてはならないのだ。

すでに疲れ果てた足の感覚は、なんだか自分のものではなくなっている。

ぼくはボニーのあとをゆっくりと慎重にトレースして、午後には無事に3300メートルの山小屋に帰還することができた。その日は午後からかなりの量の雨が降った。明日の下山には止んでいることを願いつつ深い眠りに落ちた。

翌朝、起きると見事な快晴だった。僕らは荷物をまとめて、泥濘んだ登山道をゆっくりと戻った。

登山口まで下山すると、再び山は雲に隠れていた。時折そのゴツゴツした頂上を雲の隙間に見ることができた。ぼくはその風景を数枚だけデジタルカメラで撮影して、今回の撮影登頂を終えた。

 

よく山に登ると人生観が変わるという。ぼくは、大げさなと思うこともあったが、今回、自分自身で体験して見てそれは真実だと確信した。人が生きているということを実感できるとしたら、こういう時なのだと思う。自分以外のものがそこに無い時、無い場所で。

いつの日か、今回の写真を全て展示した展覧会を開きたいと思うが、はたしてこの感動は伝わるのだろうか。写真とはどこまで真実の本質を伝えるだろうか。

 

マキナ80ミリ ポートラ400

 

 

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