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2017.10.29 Sunday

未知との遭遇。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

これからここに書き記すことは、現実に起こったことなのか、私の記憶のいたずらなのかは定かではない。しかし世の中には現実とも想像とも区別のつかない、が、確かに何かを伝えられているということがある。その出来事は今にして思えば、未来から伝えられた、一種の警告であり導きであったのかもしれない。

この話を作り話と受け取られても一向に構わない。私の記憶になど何の価値もない。そんなことはもはやどうでもいいのである。

繰り返すが、人生には時としていかにも不可思議なことがある。そしてそれは現実の記憶なのかさえも意識できなくなる。

 

1992年の秋、私は渋谷にあったパルコでの展覧会のために渋谷の風景を撮影をしていた。それは、私の写真を背景に作家の辻仁成氏が詩を朗読するというライブパフォーマンスであった。背景のスクリーンは三面あって、両サイドが様々なスナップ写真で、センターに渋谷PARCOの前のスクランブル交差点の24時間を定点撮影で映すというのが私の企画だった。

私はそのセンター画像の撮影のために早朝6時にカメラを交差点の角にセットアップした。撮影は10分に一枚の撮影だ。まだタイムラプスなどという技法も一般的でない時代だ。私は腕時計を見ながらただ淡々と1時間に6枚の写真を撮っていった。

信号が定期的にその色を赤から青へとリレーするごとにせき止められた人とクルマが交互に交差点を埋める。ただ太陽の当たり方が変わって、陰影が変わっていく。空の色が変化していく。人の数も次第に多くなっていく。

撮影を始めてから6時間が経過した。太陽はほぼ中立、影が人の足元に張り付いている。

私は12時の一枚を切った後何気なく宇田川町の方を見上げた。渋谷公会堂から緩やかにカーブを描いて下ってくるその道をかなりの人が行き来している。その中に不思議な存在感を持つ一人のホームレスのような男がいて、その男の姿が私の視線をひきつけた。

その男は薄汚れた黒っぽいジャージの上にグレーのコートを羽織って、ロシアのウシャーンカのような帽子を被っている。

そして、まっすぐに私を見つめながら坂をゆっくりと降ってきた。不思議なことに私の視覚は周辺が暗く落ちて、まるでオールドレンズで撮った写真のように、その男だけに光を感じていた。

 

男が私のところにまっすぐにやってくることは、まるで必然のように脳で理解した。

側で見ると男は身長は160センチくらいで小柄。年齢はおそらく60歳くらいだろうか。だが、眼光が鋭い。

皮膚はまるで漁師のそれのように浅黒く皺が深い。

男は口元にだけ笑みを作って、しばらく私を見つめていた。そして、穏やかな口調で私に話しかけてきた。

「今、太陽の黒点が二つ消滅したんだよ。割と大きな黒点だ」

私は、めんどくさい状況に捕まったと思った。この手の話をするのは苦手だ。ましてや、今は10分ごとに一枚シャッターを切らなくてはならないのだ。撮影に集中したい。

私は返答に困ったが、正直に自分の状況を説明した。そしてあなたの話に付き合う暇がないことを男の気を害さないように伝えた。

男は言った。

「君はそのまましっかりとその目で写真を撮ればいい。だが、耳を私の方に使いたまえ。」

私は次のシャッターを切ってから、男の話を聞くのがそういやではないということに気がついた。

それはかなり不思議なことだった。

男は私の横に立って、コートの内ポケットから長さ約30センチくらいの巻物のようなものを取り出した。

それは、よく見る巻手紙のような感じで、かなり使い込まれたのか、または古いものなのか、ほぼ黄ばんだ色をしていた。

男はそれを広げると私によく見えるようにこちらに傾けながら話始めた。

そこには見たこともない記号や文字のようなものがびっしりと書き込まれている。ただ一つだけ見たことのあるものは、インフィニティのあの数字の8を横にした記号だった。そして何かの構造図のようなものも書かれている。

男はそれらを見ながら言った。

「君には「3」という数字が影響していて、なおも「3」に関係する何かを持っているはずだ。例えば誕生日。君の生年月日は?」

「1955年の11月1日ですが」

「その11月1日を記号的に足すと3になるだろう。」

確かにそうではあるが、そんなことはその場のアドリブで誰でもこじつけられることである。

「3」という数字は大変意味のある数字らしい。全ての原理がこの数字に帰結するのだそうだ。キリスト教での三位一体や、日本でも縁起のいい数字として調和をもたらすと言われている。そして宇宙の原理もそこにあるという。

兎にも角にも、私は「3」に支配されていて、故に彼は私に会いに来たというのである。

そして彼は、淡々とたまに宙を見上げながら話し始めた。

 

今に思えば、確かに彼が私に話したことは、色々と思い当たる。その時は、撮影に集中したいあまりに、今ひとつその話の一つ一つを深追いすることを避けていた。だから話の記憶もそうはっきりはしていない。だが、要件の大きなポイントは朧げながら覚えている。

その先の世の中に襲いかかる大きな自然災害。その被害は想像を上回ること。経済は何度か失速して、その後にくる政権の交代。

資本主義社会の頭打ちと閉塞感の到来。

私は半部以上妄想的な話を彼はしているとその時には感じていた。そして2時間が過ぎ、彼の話はひと段落し、最後に軽くため息を漏らした彼は、あまり熱心に聞こうとしなかった私に一言だけ覚えておくようにと言った。

「これからの世界を救えるのは、支配されない芸術だけだよ。それを目指しなさい」。

この言葉はしっかりと私の鼓膜を震わした。そして、脳裏に焼きついた。

私は、彼に名前を聞いてみた。

「そんなことはどうでもいいよ。そしてまた会えるから」

彼はそう言ってその場を立ち去った。

なんだか言いようのない不思議な感覚に包まれながらも、私はその余韻を振り切って撮影を続行した。

 

その数週間後、私はある仕事で横尾忠則さんにお会いする機会を得た。ポートレートの撮影である。私はいつものスタイルで8x10のカメラとtri-x、そしてジンマー300ミリ。それにサンスターの2400ワットを一台持ってお邪魔した。

当時はまだカーボンの軽量三脚など無かったから、それでも装備はアシスタントなしに一人で持ち運べる限界だった。

その日はストロボを床に転がして、窓の方からやや不自然な光をあて、横尾さんの座り姿をストイックな雰囲気に演出した。

フィルムの枚数はいつも10枚だ。だから、私は様々な話をしながら絞りをf11にセットしてゆっくりと撮影する。

「先日僕は不思議な体験をしたんです」

私は話の中でその体験を横尾さんにお話しした。彼は宇宙や未知の世界に大変興味を持っている人だから、おそらくは信じてもらえるという気がしたのである。

その予想は的中した。

「それはありえる話です。その人はこんな風貌では?」

横尾さんは私が遭遇したその人物の風貌を見事に言い当てたのである。

「その人は、おそらく一年の三分の一は地球にはいないですよ」横尾さんはさらっと言いのけた。

それがどういう意味を持つのかは、これを読んでくださっているあなたのご想像にお任せする。

撮影を終えてご挨拶をし、アトリエを私は失礼した。

 

当時多くの雑誌でポートレートの撮影をさせていただいていた私はそこそこに忙しかった。撮影してから自宅に戻ってすぐに現像、べた焼き、プリント。夜はほぼ暗室ワークで深夜に及ぶ。なんとか睡眠時間を確保して翌日は撮影だ。

プリントには必ずバライタ紙を使っていたので、撮影から戻ったら乾燥した印画紙をプレスしてスポッティングする作業も待っている。

ある日のことだ。やはり深夜まで暗室作業をしてから翌日の機材を準備してベッドに滑り込んだ。3時間半ほど眠っただろうか。撮影に出かける時間に目が覚めた。

私は少し慌てて機材を車に積むために、アパートの外に出た。すると向かいの道路からこちらを観ている人がいる。私はその眼光鋭い顔がすぐにあの時の彼だとわかった。彼は一瞬目線で私に何かのパワーを送ってきて、すぐに立ち去って行った。

あの時に聞いた、また会えるよという意味はこれだったのだろうか。

私は、不思議な偶然もあるものだと考えようとしたが、心臓の動悸がどんどん早まるのを感じていた。

 

人生には説明のつかない出来事が何度かあるものである。それは偶然と思い込みが溶け合って生まれる「ただの出来事」かもしれない。しかし、そこに埋め込まれたメッセージは確かに存在し、私の場合は、未だにそのメッセージに囚われているのである。

「支配されない芸術」とはなんであろうか。経済システムに支配されない。欲望に支配されない。利害関係に支配されない。そして時間に支配されない芸術。

私は自分を芸術家だとは思っていないが、写真は芸術であると信じている。だから、支配されない写真を撮らなくてはならないのかといつも自問自答している。日々の作品作りに費やす時間が急激に増えてきた今、この「不思議な出来事」が私に伝えてきたメッセージがますます気になり始めたのである。

長々と読んでいただいたが、私自身がこの出来事を自分の記憶から消すことのないようにこのブログに書いておく。

 

SIGMA sdQ H 50mm

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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