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2017.09.12 Tuesday

広告への拙い想い

JUGEMテーマ:アート・デザイン

 

 

今日は少し広告の話を。

僕が広告業界に足を踏み入れたのが約41年前です。小さなデザインプロダクションの使いっぱしりとして入れてもらいました。

開発が始まった頃の千葉の不動産広告やTBSの番宣の中刷り広告などを作っている4人しかいない会社で、僕の仕事は主に写植を取りに行ったり、スタッフの夜食の買い出しや準備。それでもたまにラフや版下を作るチャンスをもらい、ここぞとばかりに大ハッスルしていました。

その後、運よく日本デザインセンターという大手の制作会社に入社することができ、そこで初めて大きなマス広告を作ることになりました。

配属されたのはトヨタのチーム。「美しい日本のクラウン」という山村聰さんと吉永小百合さんを起用した広告が、僕にとっては未だに忘れることのできない初仕事です。新聞の15段や10段広告、ポスター。毎日徹夜で仕事をこなしました。

今思うと、このコピー「美しい日本のクラウン」には、大きな思いが込められていました。美しい国、人、日本文化に対する想いをクルマのスタイリングや性能にダブらせています。そして、その品格ある人としての代表のお二人。

僕は、広告というもののあり方をここで学んだように思います。

広告とは言うまでもなく、企業の製品を売るためのメディアであり、イメージを作るための「表現」です。しかし、そこには社会に発言するにあたってのモラルや希望もなくてはならないもの。何よりも時代を読む力が求められます。

最近の日本ってどうなんでしょうか?社会はどうなんでしょうか?41年前からどう変わったのでしょうか?

僕は印象として、すごい勢いで下り坂を滑り落ちている感覚です。日経新聞を読むと、国のGDPをいかに上げるかと、経済の成長が語れれています。雇用が増えたことや設備投資が増えたことなどが記事になってはいますが。

広告は今も変わらず一つでも多くの製品を売ろうとしています。タレントもどんどん起用されます。

しかしいま消費の中心にいる世代はモノを買うことに消極的です。そして、新聞の記事とは裏腹に若い人ほど経済力がない。そこに未だに元気のいい派手な広告を作り続ける僕たち。

古い話ですが、南佳孝の昔流行った曲の歌詞に「広告の見せかけの謳い文句にはもう騙されない」と言うような歌詞がありました。

今もまさにその時代。彼は随分と先を読んだのですね。今広告に関心のある世代はいない。情報があればいい。それは慣習としての広告情報です。要するに広告はもう見捨てられている。

僕は自分の関わる広告は今こそ人を美しく表現することが大切だと思っています。製品を美しく表現するよりも、その背景の人、消費する人、すなわち作る人、買う人。人にはどんな魅力があるかを見て欲しい。そして、人をもう一度見直すことで幸せには何が最も必要なのかをちょっと考える広告を作りたい。戦後の高度経済成長なんてとっくに終わっていることは誰もが知っていますが、なぜか広告だけは未だにその流れで、ただただ商品を一個でも多く売ろうとしている。やがて企業から広告人は見放されるでしょう。

モノと言うものは必要なだけ売れるもの。必要以上にモノを作っても売れない。ならばその質を上げてより価値あるモノづくりをして利益を得る。企業はそうなります。そしてそれを伝えるには広告人がもっと生活や社会のあり方を考えないといけない。経済的な格差や社会の歪みをよく考えることを広告人はやっていかなくては、やがて必要とされなくなります。

最近はそんな思いでカメラを構えています。

社会にも政治にも経済にもど素人の僕の拙い想いですが。

本当に拙いブログになってしまいました。うまく書けません。ごめんなさい。

 

LEICA SL 28-90mm ネックレスになった蜘蛛の巣とダリア。

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