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2017.08.25 Friday

習作1 

 

確か前々回のブログに「何もしない写真」という話を書いた。

それは、全くもって今の自分を正直に表したものだが、その正反対の表現もずっと模索し続けている。

写真はその時のそのままが記録としても記憶としても正しいが、その対極には写真そのものが一種のフェイク、仮想現実とか、仮想記憶という表現にもなり得る。なぜならば、現実が静止したというそれ自体がすでに現実ではない。

写真は撮られたその瞬間から過去になる。そして非現実となって新たな印象を生み出すことになる。その構造はどんな芸術的な写真であっても、またはプリクラであっても同次元に語られるべきことだと思っている。

そのような思考の上で、この写真は習作として今ぼくのモニター上にある画像だ。

3シーンの森の撮影ポイントを決めて、それぞれを同一のレンズとカメラで撮影し、それを重ねる。重ねられた時の構図とコントラストをイメージしながらの撮影になる。

習作の1は3枚の「岩と木の写真」を重ねている。ただし、そのまま重ねただけで、細かなコンポージング的作業は一切加えることはしない。

ぼくの毎日の生活でアップデートされる記憶はそれぞれが脳の中に記憶の階層として残されている。故に、思い出すということにおいて、イメージとは1枚の映像であり、数枚の映像であってもそれが重なることはない。

だが、その記憶の階層というものを「記憶の印象」という言葉に置き換えるならば、それは混沌として概形のわからない抽象的な映像になる気がする。それをイメージして制作しているのが、この一連の習作だ。

具体的な説明のつく風景画ではないが、、もしこの習作にタイトルをつけるならば、それこそ「森の記憶」ということになる。

写真は様々な表現に変化する。そしてその変化は、ぼくの中にある思考の変化によるものであってほしい。

 

習作1 森の記憶 LEICA SL 24-90

 

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