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2017.08.22 Tuesday

渋谷の記憶

 

昨日、ある写真展のミーティングでshibuyaについて考える時間があった。

今風にShibuyaと英語表記してみたが、ぼくには渋谷がしっくりとくる。それは、若く多感な頃をこの街で過ごしたからかもしれない。

高校の一年で家を出て一人暮らしを始めたぼくにとって、渋谷は「世の中」という世界への入口だった。毎日白金にある学校からの帰りは渋谷に行く。ぼくのバイト先は東急文化会館の5階にあったフルーツパーラー西村だった。生活費を稼ぐためここで洗い物やウェイターをして、そのあとはジニアスというジャズ喫茶で時間いっぱいまでジャズを聴く。

渋谷にはたくさんのジャズ喫茶や音楽喫茶があった。他にもよく行ったのは音楽館やメリージェーン。メリージェーンは今もある。

渋谷といえば、スクランブル交差点。しかし、これはどちらかといえば、広告やメディアなどによって後から刷り込まれた渋谷のイメージに感じる。まさしく英語表記のshibuyaだ。第一、当時はスクランブル交差点などというものもなかった。

ジャズ喫茶に浸らない日は、百軒店(ひゃっけんてん)に行って、大雅園(字が違うかもしれない)で安い餃子を食べてからストリップ劇場を横目に円山町あたりを歩く。またはムルギーのカレーを食べる。ストリップ小屋にはついに入る勇気を出せなかった。

渋谷を抜けて代々木公園まで歩き、サックスの練習をする。そんな日は練習の前に必ず中古ジャズレコード店jiroに立ち寄って、自分を刺激してから練習。だが落ち込む。

終電近くの渋谷駅に戻れば、街灯に一際目立つ真っ黄色の地下鉄銀座線とその高架とガタンガタンという音。渋谷という街はぼくにとっていつも蠢いている街だった。怖くもあり、ワクワクし、どこかに寂しさを感じる街だった。

今もたまに渋谷を歩く。同じ様な路地や坂を歩く。実はそう変わってはいない。ランドマークは大きく再開発によって変わってしまったけど、ひとたび表の皮を剥がせばそこにはぼくの知っている渋谷が未だに顔を見せる。

少しモノトーンの街に派手な電飾看板と如何わしい店やホテルや飲み屋。その横にはコンテンポラリーなジャズを聴かせる不思議な店。どんどん地下に入って行く様な感覚の街。

今あらためてカメラを下げて歩いてみれば、もしかしたら心の奥底に眠っている知らない記憶が蘇りそうなきがする。そして絶えずアップデートされてゆく現代のこの街の脆弱さを垣間見ることができる様に感じる。なぜならあの渋谷という街の匂いはそう簡単にコンクリートで封じ込めることはできないと思えるからである。ぼくの記憶の底に張り付いた街が放つ強烈な匂いだ。

 

写真集 PEACE LAND より。ワイドラックス

 

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