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2017.04.16 Sunday

日々の記憶100

 

写真家には二人いる。この場合の写真家とは何かを写真を通じて表現しようとする人を指す。

一人は世界と自分を別々の器に置き、自分のいる器からそれ越しに世界を見る写真家。もう一人は世界と自分を同じ一つの器に閉じ込めて、そこからなんとか飛び出ようとする写真家だ。

どちらが正しいか。それは愚問であるし、そうとわかっても回答など得られるほど容易いそれではない。

ならば果たして、自分はどちらの写真家なのか。

 

僕は二人目の写真家になりたい。

 

生きているというドキュメンタリーを自分を通して、自分の生活や世界から見つめたことはない。

どちらかといえば、客観的に自分の中にある世界観をそれなりの美意識に置き換えて写真としてきた。

 

命を晒す。自分の時間を自分で刻む。これが写真家にとってもっとも大切なことだと感じている。

自分を切り刻みながら自然やその中での命を感じて撮る写真は素晴らしい。

そしてもう一つ大切なことは、心のドキュメンタリーであることだ。これを成し遂げた素晴らしい芸術家は多くいる。

痛々しい感覚が、いつもやってくるのはそこに所以がある。そしてそれを見つめることが全ての人の心に響くという真実を写真は知っている。

 

Mikio HASUI

 

 

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