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2012.06.07 Thursday

ぼくは、クルマなしでは走れない。つづき。

 

今日はちょっと早起きをして諏訪の方までクルマで走ってきた。早朝の中央道を逆流するのはなんだか気持ちがいい。
対向車線、すなわち都心へ向かう方は当然の渋滞である。
朝の高速を人と違う方向へ。よく考えれば、人生も同じかもしれない。人と違う方向に逆行することの快感は、確かにある。
ぼくは旧いクルマが好きだ。先日のこのブログにも書いたように、「色気」を感じるからだ。それは他の言葉に置き換えるなら、「長く使うための未来を見据えた上質」ということに思える。
むかし、と言って良いかどうか分からないが、少なくともぼくの若い頃のクルマは耐久資材であった。例えばポルシェというクルマは、1970年位から現在に至までに生産されたクルマの約75%が現役で走っていると言う。
クルマは一生もの!とまではいかなくても、最低10年は乗りたいという気持ちで手に入れたのではないだろうか。その間の走行距離は10万キロなんて割と当たり前だった時代だ。
しかし、特にこの国の場合は、経済活動が活発だから(笑)平均すれば3万キロ足らずで買い替えるなんて平均値が出てしまう。
当然、クルマのクウォリティーも、見た目の新しさに傾倒することになる。それはプラスティクやLEDを多用した、どこか派手好みの意匠となっている。
そこにも走行感覚と同次元の「色気」のなさを感じるのかもしれない。

でももうちょっと冷静に物事を分析してみようと思う。普段は広告なんて作っているのだから。
ぼくは、なぜ、外車にばかりのっていたのだろう。「色気」を感じるから?性能がいいから?
いやそれだけではないと思う。
一つは若い頃に憧れた、様々な意味ですごいクルマだから。レースもしっかりと見ていたし。
じゃあ、どうしてそんなことに憧れたのかと考えれば、「非日常的」なことに憧れたのではないだろうか。
その気になれば250キロでも走れる性能。せまいけどストイックな室内にもぐり込んで、わざわざマニュアルで乗る。運転しているということ以上に、そこに挑戦しているという緊張感。
むかし大好きだったトランぺッターのチェットベイカーの言葉だが、「どんなに生活が苦しくても、クルマだけは好きなものに乗った。」ロマンチックだなあと感じた。
ぼくも、駆け出しのカメラマンでろくな収入もないのに、クルマにはずいぶんと散財したものだ。(生活費の何倍ものお金を使うことも非日常的な行為だったのかもしれない。)
その言わば旧い人生観とも言うべき考え方が、今のぼくにいろんなことを言わせるのである。
でも、今の時代にそういう考えかたが必要なのだろうか。そうではないと、正直に思う。
「非日常」よく広告のプレゼンで使う言葉である。だが、いまに時代に「非日常」ってはたして魅力があるのだろうか。少なくとも以前ほどの魅力は持っていないように思う。
寧ろ逆、日常といかに気持ちよく生きて行くかが、今の価値観だろう。
高速を逆行するのではなく、渋滞しても、心地よい穏やかな気持ちでいられることが求められているように思う。
先日試乗した国産のハイブリッドスポーツやクリーンディーゼルのSUVは、そう考えればすごく魅力的なクルマに変わる。他者や社会に対して自我を主張することをせず、人と同じ温度の価値観のなかで、モノを楽しむことが快適になる。環境に対しても、社会に対しても。
逆行の思想は、時として快感ではあるけど、今の時代にはどうも一人で空転している様な空しさを感じるのである。
気楽に鼻歌の一つも唄いながら、静かにスマートにハイブリッドを楽しむという気持ちが、どうにも気になって仕方がない。
その気分に逆らわずに身を任せることが、今の時代感なのだろうと思う。
20世紀はモノを絶対視した時代だったが、今はモノの呪縛から抜け出す時代。だからといってやたらに質素を求めるのも違うように感じる。モノの楽しみ方の方向が変わっただけだ。
そう言う意味で、もう一度今の日本車の価値を見直すと、俄然と高級外車の影が薄くなるのである。

森の印象。ライカM9 ズミルクス35ミリ。

コメント
今回「ぼくは、クルマなしでは走れない」を「つづき」の最後まで読んで、とても同感しました。
以前、自分はクラッシック、モダン、金属、そういったキーワードを持つクルマやバイクに憧れました。クルマは普遍的な美しさを持つ外国車に魅かれましたし、バイクは80年代初期のビッグバイクに手を入れて乗るのに憧れたのです。
ところが、発展途上国に数年間住むことになり、見方が180度変わりました。壊れない現代日本の製品に強く「色気」を感じるようになったのです。彼の国では当時、何でもすぐ壊れました。修理するにも交渉せねばならず、それに精神力と時間をとられることに馬鹿馬鹿しく感じられ、壊れないというのも性能だと実感したのです。その性能に魅力を感じました。かっこいいとも思いました。
日本に戻ってきた今、少しずつ以前の感覚も戻りつつあります。振り返ってみてしまうものは、やはり今の非日常的なもの。とは言え、日本製品の良さも身に沁みて理解していますから、その中の本当に良いものだけを選んで、自分の日常に加えたいなと思います。
  • n.n
  • 2012.06.08 Friday 05:28
n.nさん、日々変化する考え、感じ方、想い。でもクルマからいろんなことを教わります。
  • mikio hasui
  • 2012.06.08 Friday 07:58
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