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2011.05.18 Wednesday

海と空の様に。

 

あるがままを受け入れるということが、如何に困難で、忍耐の上に成り立つことかということに、いま東北の人々は試練として立ち向かわなくてはならない状況に至っている。3月11日に襲った大地震と津波によってもたらされた大災害は、私達にその生物としての弱さと有り様をまざまざと見せつけた。
それでも、東北で毎日毎日汗を流して働いておられた漁師や農家の方々は、正面から大自然に対峙して日々暮らしていたからこそ、今回の大災害をも自然とはこういうものと、しっかりと受け止めて新しい町づくりや産業作りに前向きに立ち向かえるのではないだろうか。
先日避難所でお会いした方々は強くて綺麗な目をされていた。レンズの向こうにあるその瞳に、孤高の光を私は感じた。

だが、福島の原発の事故による放射能汚染は、あるがままを受け入れるという訳にはいかない。
これは明らかに、私達人間のエゴイズムによってもたらされた人災である。政府や東電をはじめその責任者たちは、いまだに言い逃れに四苦八苦しているが、そのお金だけに支えられた先進文化とやらを支えるために作られた原発の事故にこれから何代にもわたって苦しめられるのは、悲しくもそのような「大自然にしっかりとした畏敬の念を持ち得る人々」なのだ。
しかし、この大変な原発の事故に関して、一つだけあるがままを受け入れなくてはならないことがある。
それは、政府の原子力推進政策や東電を私は責めているが、ずっと前からこの危機を叫び続けた人たちの声に私は真剣に耳を傾けただろうか。何かの行動をしたであろうか。瀬戸内海の祝島に原発が建設されると聞いて、瀬戸内海の美しさを知る身として反対の声をこの小さなブログに書いたぐらいである。あまりにも人任せにしていた政治、社会政策、いや私たち自身の未来のあり方。その結果が今だとするならば、この事故の責任の一端は私自身にもある。その事だけはしっかりと受け入れなくてはならない。
福島の原発は私たちが使っていた電気であり、日本の持ち物だ。その日本の原発が事故を起したのなら、その国に住む私たちの事故だという意識と危機感を持たなくてはならない。
放射能汚染をどうやって防ぐか、終息させるかは専門家に任せる他はないが、それによっていま大変なところに立たされている被災者の方々を少しでも救える様に、私たちは全力で行動しなくてはならないと思う。

海から空に上がった水蒸気はやがて美しい雲を作り、それは大地に流れ雨を降らせる。雨は川を下り海に帰る。すべては循環である。私たちがその循環を壊す事だけは許されない。
私たちの社会も命も循環がすべてである。いまその循環が壊れようとしている。これからの子供たちにすべてを託すためにも、なんとか頑張らなくては。



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