細胞の話 |
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このところしばしば考えることに、自分自身の細胞を意識してみるということがある。普段はどちらかと言えば内面としての心に(魂とでも言おうか)意識が向くことが日常なのだが、最近は自分自身の体を構成している最小単位である「細胞」の事を考える。そしてその細胞が昨日も書いたように、「感情」を生み出しているのではないかと。この細胞に最も直接的に影響をおよぼすのが、触るという行為である。指先を始め、人にとって最も重要な行為が接触という行為なのだ。例えばプリントは暗室で液体や紙に触れながら行うし、陶芸なども土に触れることからその芸術性を深めることになる。絵画は当然だし、スポーツもその芸術性にまで突き進めば、基本は肉体の触覚による感覚に行き着く。すべての表現にとって最も大切なののは「感情」である。それを生み出しているものは細胞ひとつひとつだという確信のようなものを感じるのである。その仮説に基づいて考えれば、どんな生物であろうと生きるものすべてには「感情」というものがあると言うことになる。植物、動物、昆虫、魚、微生物にも。僕らの想像を遥かに超えた情感世界が必ずそこにはあるはずだ。そうでないと自然界の現象をすべてそつなく説明することは不可能である。例えば、どう見ても落ち葉に見えるようなカモフラージュをした昆虫。その形態をいったいどうして与えられたのだろう。神さまが作られたと言えばそれまでだが、これも細胞が持つ「感情」の作用によってそうなったと思えば納得できる。補食されるという恐怖の感情がその形を生み出した。ぼくには細胞は他の細胞同士で何らかのコミュニケーションを図っているように思える。結果としてその中に「感情」というものが生まれるのではないだろうか。だからぼくは様々な自然に触れれば、新しい「感情」を受け取ることができる。そうして再び写欲が湧いてくるのである。
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