M.HASUIPhotographer

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カラー印画紙の製造中止 12:08


このところ印画紙やフィルムの大手メーカーによる製造中止の連絡が相次いでいるが、今日ついにコダック社がすべてのカラー印画紙の製造を今年夏に終了すると言う連絡があった。そうなればカラー印画紙に関してはフジ製のものに頼るしかない。それもこのペースで行けばいつまで続くか不安である。いよいよカラー写真に関してはインクジェットプリントに頼る事になる。デジタルカメラによるデジタルプリントの作品作りにそう抵抗はないが、やはりアナログの表現には未練たっぷり、後ろ髪を引かれる思いである。
暗室に鎮座する全紙サイズ対応のプリントマシンや全長が3メートルもある8x10対応の伸ばし機もただの鉄くずとなってしまうのだろうか。これからは、より写真的なアプローチを模索してゆかなくてはならない。屋上の植物2、シグマDP2、f4。
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潜在意識の鏡 21:52


今日はフライデーという昔からお世話になっているモデルエージェンシーのとあるモデルさんをお借りして、テスト撮影をした。モデルのMさんは奈良県から半年前に上京して、このエージェンシーに所属したそうだ。
スポーツ万能で身長はなんと175センチ。一見大人しそうだが、でも話始めるとまるで軽くジョギングでもするかのように、軽やかに楽しそうに話す。盛り上がったのは細胞の話。少し前にこのブログにも書いた「細胞感情論」、この話に興味を持ってくれていた。
このテスト撮影は今年になって始めた作品作りの一つで、二人のまったくタイプの違う女性を一年間かけて撮影し、二冊の作品集をつくる。ポートレートでもなくファッションでもなく、どちらかというとドキュメントに近いのかもしれない。その二人がこのMさんと別のエージェンシーで女優を目指している、やはりMさんである。
ぼくは様々な意味で女性に興味がある。いや女性が好きなのだと思う。男として生まれたぼくには、どうしても踏み込む事の出来ないミステリアスな心の部分もそうであるし、ストレートに異性としての魅力もある。それをこの年齢にしてもう一度、正直に写真にしてみようと思ったのである。そういう思いで既にもう一人のMさんを何度か撮影している。その作品を仕上げていて、気が付く事。それは女性を撮っていながら、実は自分の内部に潜む女性に見立てた自分自身を撮っているのだという事だ。これはセルフポートレートに近いのかもしれない。しかし作品は自分自身が写っているものでもない。言い換えれば潜在意識なのかもしれない。写真とは潜在意識の鏡なのかもしれない。だとすれば、何処まで自分自身を正直にさらけ出せるかということに至るのである。屋上の植物、シグマDP2、f4。
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心の音楽と写真 23:13


ジョンコルトレーンの「ballads」、言わずと知れた名盤中の名盤である。確か1962年の録音だったように記憶している。間違いであれば申し訳ない。絶えず自らを責め立てる様な壮絶な音楽に立ち向かっていたコルトレーンのバラードは、その緊張感から解き放たれたようにのびのびと歌い込んでいる。しかしよく聞けば、そこにも彼の極限まで突き詰めた一種孤独とも言えるテンションが響き渡る。
ぼくがまだ高校生のころ、馬込にあった四畳半の狭いアパートでレコードがすり切れるほど聞いたのがこのアルバムだ。いや実際にすり切れて、合計三枚は買っている。
ぼくは今でもたまに夜な夜な一人でじっくりとこのアルバムを聴くのだが、今思えばよく高校生がこんな瞑想の様な音楽を聴いていたと、自分ながらに驚くのである。しかし、当時ジャズにどっぷりと浸って生活していた僕にはこれ以上の最上のアルバムはなかった。
音楽は凄い。このコルトレーンの端正な一音一音を噛み締めるように聞くならば、その狭いアパートでの一人暮らしの部屋の匂いや温度が身体の奥深くからしみ出してくる様な思いにかられる。そして間違いなくいまぼくが撮っている写真にもそれは影響しているはずだ。ファインダーの中に見えるすべてのもののディティールを丁寧になどるように撮影して、丁寧に時間をかけてプリントする。まさに写真も音作りである。シグマDP2、f5.6。
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写真的であるという事 23:06


今日、早朝ロケの帰りに時間があったのでヨドバシカメラに立ち寄った。もちろん印画紙の買い出しのためである。ほんの数年前まで新宿の西口本店の暗室用品売り場は本格的で、おそらく無いものはないという品揃えだった。印画紙も国内外の大手のものはほとんど手に入れる事が出来たし、コダックの専門的な薬剤も置いていた。その売り場も今は見る影もなく縮小されて印画紙の棚もどんどん小さくなっている。ヨドバシカメラは聞くところによると社長さんが本格的な写真マニアで、暗室用品に関しては絶対になくさないという方針だそうだ。その為に今でもなんとか印画紙などのストックを保っていられるのだと。それでも仕入れ先のメーカーが製造をやめてしまってはどうしようもない。毎回この売り場を訪ねるたびに寂しい思いに駆られる。
フィルムと印画紙、そして薬品。これがなくてはアナログ写真は成立しない。以前このブログにも書いた、「写真は工芸である。」という意味においては、それもなかなか侭ならぬ世の中になっているという事である。誤解のないように申し上げるなら、写真という芸術は、その映像が人の感情に何をどう感じさせるかという事であるから、その表現がデジタルだろうが、インクジェットであろうが、作家の本意が表れていれば成立するものである。だから写真が工芸になってしまっては、写真ではなくなるという事も言える。だがその表現の力に於いてはフィルムと印画紙はその独特のマテリアルの表現力にまだまだ可能性があると思っている。もちろんこの先どんなに表現の方法や手段が変わっても写真芸術の本質が失われる事はない。ぼくも、いざ感材がまったく手に入らなくなってもその時の表現方法で何かを撮り続けていると思う。しかし今のぼくの本意に素直な表現はアナログによるものだという事である。
しかし最近再びデジタルカメラとインクジェットプリントによる作品作りも始めている。なぜなら写真家が最終的なマテリアルのあり方に支配されるのではなく、まず写真的であるという事に集中していたいという気持ちが強いからである。ライカズミルクス50ミリ、f8。
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写真のある生活 00:20


昨夜の雨はあっという間に上がって、今日は朝からぽかぽか陽気だ。六時半に家を出て青梅のロケ地へ向かう。藤沢から青梅までは約80キロだが、16号の渋滞を避けるため一度都内に入って永福から中央道にのる。そう混んではいなかったが、ロケ地についたのは9時半をまわっていた。青梅は昔の武蔵野の面影が残る良いところだ。河が綺麗で森林も多い。そう言えば若い頃はオートバイでよく走りに来たものだ。当時は信号も少なく走りやすいワインディングが沢山あった。
撮影は天候に恵まれて午前中に終了した。
帰りの道中、クルマから見える風景にバイクでよく来た頃の感覚が蘇って来た。あの頃はまだ写真をやっていなかったから、カメラを持って行く事はなかった。だから頭の中は走る事の気持ち良さだけでいっぱいだった。今はおそらくカメラを持ってゆくだろうから、走る気持ち良さを100%感じる事は出来ないだろう。そしていつも写真の目で風景を見ながら走っているだろう。かといってもしカメラを置いて行ったとしたら、、、。美しい光を見つけるたびに悔しくて走る事だけに集中する事はもっと出来ないだろう。やっぱり人は後戻りする事は出来ない。写真がある生活は、何にも代え難い。ライカズミルクス50ミリ、f4。
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